9.12.2008

有り金を残らず胃袋に・・・ 編集手帳 八葉蓮華

有り金を残らず胃袋に・・・ 編集手帳 八葉蓮華
健康が元通りに回復してくれたら、あとは何も要らない。重い病を得た人は誰しもそう思う。〈病気の時ほど、人は寡欲(かよく)になることはない〉とは詩人、萩原朔太郎が随筆「病床生活からの一発見」に記した言葉である◆とはいえ、冥土(めいど)の旅の路銀にするつもりか、有り金を残らず胃袋に納めて世を去った落語「黄金餅(こがねもち)」のような病人もいるから、寡欲になるか、強欲で通すかは人物によるのかも知れない。その人はさて、どちらだろう◆北朝鮮の独裁的な指導者、金正日総書記(66)の健康状態をめぐる情報が流れた。脳卒中か脳出血を起こしたようだ、という。風通しの悪い国のことで、本当のところはよく分からない◆核の脅威を“輸出産品”に仕立て上げ、押し売りまがいの取引で諸外国から食料や資源をせしめてきた。邪悪な欲心が病気によって亢進(こうしん)するのか、減退するのか気にかかるところである◆悪人が深い手傷を負ったときなどに、隠された真実を語って善心に立ち返ることを歌舞伎の用語で「もどり」という。一片の良心が胸にあるならば、その人も「もどり」の病床で拉致事件の真実を語るがいい。

9月12日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge