「辞意表明」傷つくことを恐れた弱さ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「憲政の父」といわれた尾崎行雄の詠んだ歌がある。〈国よりも党を重んじ党よりも身を重んずる人のむれ哉(かな)〉。1950年(昭和25年)の作という。昨夜、福田首相の突然の辞意表明を聞き、一首を思い浮かべた◆記者会見で幾つかの理由を挙げていたが、要するに「私が総理では自公両党の仲が保てないので…」というのだろう。内政、外交の懸案は横に置き、解散・総選挙の時期から逆算して「国よりも党を重んじた」印象は否めない◆首相の椅子(いす)をおりるのだから身は重んじていませんよ――福田さんはそう言うかも知れない。そうか。政権を担ってからというもの、低姿勢の落ち着いた物言いに国民は触れこそすれ、泥まみれになって捨て身で語る首相の言葉を耳にしたことがない◆尾崎流の雄弁は求めぬまでも、背水の陣を敷いた人の血を吐くような肉声が聴きたかった。国民の多くは出処進退の潔さよりも、傷つくことを恐れた弱さを感じ取っていよう◆尾崎は号を「咢堂(がくどう)」といった。意表をついた首相の辞意も確かに国会議事堂の内外を愕然(がくぜん)とさせたが、号だけ「憲政の父」に似せても仕方がない。
9月2日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge