哀しいかな自分が消えていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華
まど・みちおさんに「けしゴム」という短い詩がある。〈じぶんでじぶんを/けしたのか/いまさっきまで/あったのに〉。消しゴムというのは不思議なもので、何かを消しながら自分が消えていく。消しゴムのような人もいる◆政府が「食品の安全確保をお約束します」と鉛筆で綴(つづ)る尻から、尻から、消しゴム閣僚がお粗末な発言でせっかくの文字を消してしまう。いわく「消費者がやかましいから」、いわく「(汚染米で)ジタバタしない」◆発言の主、太田誠一農相が汚染米問題の責任を取って辞任した。24日の内閣総辞職まで任期をわずか数日残して異例の退場である。解散・総選挙の日程が固まりつつあるなかで、自民党もかばうにかばえなかったのだろう。騒々しい限りである◆信頼回復に努める政府の姿勢を、閣僚みずからが不用意な発言で打ち消した末に、哀(かな)しいかな自分が消えていく。「美しい国づくり」と書きかけて芯の折れた鉛筆があり、「安心実現」と書きかけて折れた鉛筆があり、筆箱のなかは傷だらけである◆3本目の鉛筆も折れ芯ならば、筆箱はお払い箱と名を変えねばなるまい。
9月20日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge