“綱渡り“世界の金融・証券市場・・・ 編集手帳 八葉蓮華
日露戦争の直後に生まれた人には「勝利」や「喜久子」など、戦勝を祝う名前が少なくない。慶応義塾大学の元塾長、佐藤朔(さく)さんのように本名「勝熊」と命名された人もいる。熊(くま)はロシアのことという◆大国を相手に、戦費の大半を借金で賄った綱渡りの戦争である。ほっと胸をなでおろして沸き立つ世相が、さまざまな命名にしのばれる。綱渡りでは戦費調達をめぐる幸運も忘れがたい◆苦心惨憺(さんたん)していた日本銀行副総裁、高橋是清は英国に滞在中、ひとりの米国人と夕食の席に隣り合わせたのが縁で、彼の経営する証券会社から必要額を得る約束を取り付けた。クーン・ローブ商会という◆その“救いの神”をのちに合併したのがリーマン・ブラザーズである。一昨日、64兆円の負債を抱えて破綻(はたん)した。創業158年、日本の近代史とも袖すり合う名門証券を呑(の)み込んだ金融危機の大津波に、世界の金融・証券市場が震え、青ざめている◆米国では市場の強気を「ブル=雄牛」といい、弱気を「ベア=熊」という。リーマンの次は――ベアが世を覆うなか、危機収束に胸をなでおろす「勝熊」の時はまだ見えない。
9月17日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge