9.03.2008

「美しい国」「安心実現」さよなら・・・ 編集手帳 八葉蓮華

「美しい国」「安心実現」さよなら・・・ 編集手帳 八葉蓮華
小さな演芸場では昔、出演者の芸に客席が退屈しているとき、ある細工をした。係員が間違えたふりをして幕を1~2寸おろし、すぐに戻したという◆終演が近いことを客に伝えて救いを与えたと、新内節の名人といわれた岡本文弥さんが随筆「芸渡世」に書いている。不評だからと高座を投げ出すのではなく、不評であっても高座を全うする、そのための細工である◆福田内閣の人気は確かに、幕を1~2寸おろしていいほど低迷していたが、演目の半ばで「不評のようですね、じゃ、さよなら」と舞台をおりられては誰しも、木戸銭を返せ、となろう◆発声の達人は息をすべて声に変え、ロウソクの前で歌っても炎は微動もしないという。ねじれ国会の難しさはあったにしても、ため息や吐息のみ多くして、国民に意思や決意を伝える声をついに持ち得なかった責任は、首相その人にある。みずからの息で、政権の炎を吹き消した◆次期首相に求められるのは何よりも、息をしっかり声にする能力だろうが、「美しい国」「安心実現」の演目二題を続けざまにしくじり、荒れた舞台である。誰にせよ、覚悟がいる。

9月3日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge