2.28.2010

「幸災楽禍」心の奥底に沈殿していた気持ちが、一挙にはじけ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 他人の不幸は蜜の味。これによく似た意味の英語に「シャーデンフロイデ(Schadenfreude)」がある。元はドイツ語で、英語にはなかった言葉だ

 世界に誇るトヨタ車が、対応が後手に回ったこともあって米国でリコールに追い込まれた。厳しいトヨタ批判を繰り広げる米国の一部の報道ぶりを知り合いの英国人と話していたら、この言葉を教えてくれた

 米国の文化でもある自動車分野で、トップの座をニッポンに奪われ、米国人の深層心理が屈折していた時に、リコール問題が浮上した。日ごろ、心の奥底に沈殿していた気持ちが、一挙にはじけたのだろうか

 日本は国内総生産(GDP)で過去40年余り、世界2位だったのが、今年は中国に追い抜かれそうだ。「1人当たりのGDPに直せば途上国」から、「中国の人口は日本の10倍。日本を追い抜くのは当然でしょう」と、中国人の反応は様々だ

 日中逆転が両国の人々の深層心理にどんな変化を呼び起こすのか。「シャーデンフロイデ」に相当する中国語の成語は「幸災楽禍(シンツァイラーフオ)」である。日中ともに使う機会がないことを願いたいものだ。

 2月22日付 編集手帳 読売新聞
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2.27.2010

非難の度合いは100倍にもなれば、逆に100分の1にもなる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈人は、起こしたことで非難されるのではなく、起こしたことにどう対応したかによって非難される〉。10年前に東京商工会議所が作った、企業向け危機管理マニュアルの書き出しにある

 言葉の主は「青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方を言う――」の詩で知られるサミュエル・ウルマンとの説もあるが定かでない。ともかく冒頭の至言は企業の間で少なからぬ共感を呼び、手帳に書き留めて胸に忍ばせる広報マンもいた

 当然、人は「起こしたこと」についても相応の非難を受ける。しかしその後の対応如何(いかん)で非難の度合いは100倍にもなれば、逆に100分の1にもなる

 つまるところ、危機に際しては情報公開を徹底し、認めるべき落ち度は迅速に認めるのが最善、ということだ。ただしこれが極めて難しい

 米国でトヨタ自動車に対する風が、ますます強く、冷たくなっている。原因の一つが、後手後手の対応にあることは間違いない。豊田章男社長が今週、米議会の公聴会に臨む。正念場をどう乗り切るか。経団連の会長を2代輩出したトヨタが、「人は――」の至言を知らぬはずはなかろう。

 2月21日付 編集手帳 読売新聞
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2.26.2010

男子悲願のメダル「道」お楽しみはこれから・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 綱渡り芸人の男が、やはり旅芸人のヒロインに語る。〈どんなものでも、何かの役に立つんだ。たとえば、この小石だって役に立っている。空の星だって、そうだ。君もそうなんだ〉

 イタリア映画の名作、フェリーニ監督『道』の一場面である。映画の名せりふを集めた和田誠さんの『お楽しみはこれからだ』(文芸春秋刊)から引いた

 右ひざのじん帯断裂、手術、リハビリ…険しい山坂も彼には、競技者の精神を磨く砥石として役に立ったのかも知れない。バンクーバー冬季五輪フィギュアスケートで『道』の音楽に乗せ、高橋大輔選手(23)が男子悲願の「銅」に輝いた

 織田信成選手(22)の姿に、胸を打たれた人も多かったはずである。演技の途中で靴ひもが切れ、おそらくは泣き出したかったろうに、持ち味のコミカルな動きを最後まで演じきった。励ましの拍手の中で演技を終え、「ありがとうございます」、唇の形がそう動いたのを忘れない

 何のいたずらか、4年前、銀盤の神様が靴ひもにぶつけた「小石」のおかげで今がある――何色かのメダルを胸に、そう語ってくれる日がくると信じている。

 2月20日付 編集手帳 読売新聞
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2.25.2010

人の世の浮き沈みと、泣き笑いと、人情喜劇を見ているような役者人生・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東京・池袋のキャバレーで舞台衣装に着替えようとしたら、部屋がない。トイレの横にゴザが敷かれ、「ここで」と支配人が言う。売れる前の下積み時代ならばともかく、茶の間の人気者であった人には、こたえただろう

 『てなもんや三度笠』が終わって『必サツ』シリーズが始まるまでの4年間、藤田まことさんはテレビから忘れられた時期をすごしている。ほかに仕事がなく、歌とコントを携えてキャバレーを回ったのはその頃である

 「まことさん、まことさん」とチヤホヤしていた取り巻き連中は、背を向けて去っていった。いっときの人気にのぼせていた頭を冷やし、芝居の基礎を身につける時間を運の“神さん”が与えてくれたんでしょうな――藤田さんはのちに語っている

 『てなもんや』あんかけの時次郎、『必サツ』中村主水、『はぐれ刑事純情派』安浦吉之助、『剣客商売』秋山小兵衛…と、重ねた年輪にふさわしい花を咲かせたのも、じっと地に根を張る不遇のときがあったからだろう。藤田さんが76歳で急逝した

 人の世の浮き沈みと、泣き笑いと、人情喜劇を見ているような役者人生である。

 2月19日付 編集手帳 読売新聞
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2.23.2010

「肥やさなかった」のと「肥やしそこねた」のとでは天と地の開き・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 免疫のことを英語で「イミュニティ」という。もとはローマ時代に租税や公役から免れることを意味したラテン語という。英和辞典にはいまでも、「免疫」と「免税」がともに載っている

 人々の暮らしを支える税金を疫病と一緒にしてはいけないが、青息吐息で納税する人には実感かも知れない。確定申告の季節を迎え、国会で野党から脱税疑惑を追及される鳩山首相も、国民には納税を呼びかけている

 百歩譲って、母上がくれた12億円のお小遣いを「知らなかった」(!)のが事実としても、腑(ふ)に落ちないことがある。これだけの騒ぎになった現在に至るも、面談であれ、電話であれ、母上に事の顛末(てんまつ)を一度も尋ねていないのはどういうわけだろう

 「私腹を肥やしていない」と首相は言うが、露見していなければ、あとから納めた贈与税6億円は丸もうけだったはずである。「私腹を肥やさなかった」のと「私腹を肥やしそこねた」のとでは天と地の開きがあろう

 首相の12億円や幹事長の4億円に馴(な)らされてか、百万円単位、一千万円単位の疑惑が何やら、かわいく思えてきそうで怖い。いやな免疫である。

◆2月18日付 編集手帳 読売新聞
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2.22.2010

凋む…凌ぐ…凄い…「にすい」の変転・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 氷を光にかざすと、なかに筋が見える。漢字の部首「にすい」はこの筋をかたどったものという。テレビ桟敷で「にすい」の漢字を声に出した方もあったろう。〈凄(すご)い〉と

 冬季五輪バンクーバー大会、スピードスケートの男子500メートルで、長島圭一郎選手(27)が銀メダルを、加藤条治選手(25)が銅メダルを、それぞれ手にした

 長島選手は競技者の出世街道を歩いてきた人ではない。無名選手として過ごし、大学卒業のときは実業団チームから誘いはなかった。4年前のトリノ五輪では13位に終わり、屈辱の涙を流してもいる

 心が凋(しぼ)む日もあったろう。凋む…凌(しの)ぐ…凄い…「にすい」の変転あればこそ、感激はひとしおに違いない。〈凛(りん)〉も同じ部首である。〈鈴あらば/鈴鳴らせ/りん凛と〉とは辻井喬さんの詩『新年の手紙』の一節だが、銀の鈴、銅の鈴のうれしい合奏に、しばし聴き入るとしよう

 胸に描いたメダルとは色が違ったのだろう。競技を終えた二人の談話には悔しさもにじんでいた。ともにまだ20代、「金の鈴」への思いは他日に残すのもいい。夢に続編があるのも、若き競技者の特権である。

 2月17日付 編集手帳 読売新聞
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2.20.2010

「めちゃくちゃ」下手な医者の手にかかったら命がない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 下手な医者が急病人の知らせに駆け出し、はずみで隣家の幼女を蹴飛(けと)ばしてしまった。「どうしてくれる」と母親が怒る。仲裁に入った大家がなだめていわく、「足で蹴られたぐらいは堪忍せよ。この人の手にかかったら命がない」

 江戸の小(こ)咄(ばなし)にある。こういう話を語れるのも、聞いて笑えるのも、誰もがそこに誇張を読み取るからだろう。そんなヤブ医者は現実にいないと思えばこそ、心おきなく笑うことができる

 政治資金をめぐる醜聞や、冬季五輪の話題に隠れた感はあるが、奈良県大和郡山市の医療法人雄山会「山本病院」の事件にはあきれるのみである

 元理事長(52)らが執刀した肝臓の腫瘍(しゅよう)摘出手術で患者がシ亡した。心臓血管外科が専門で肝臓は専門外、手術の経験がない上、輸血用の血液も用意していなかった。そもそも腫瘍は良性だったという。元理事長はほかの勤務医にも“専門外手術”を奨励していたというが、報じられているところを総合すれば「めちゃくちゃ」の一語に尽きる

 何がしたくて医師という職業を選んだのか――首をひねりつつ、憤りつつ、気に入りの小咄に封印をする。

 2月16日付 編集手帳 読売新聞
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2.19.2010

ローカル「地域主権」頼らない、自立でふるさとを変える・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 合言葉は、「ローカル・アンド・ローカル(地方と地方)」だ。青森、山形、山梨、長野、福井、奈良、島根、高知、熊本の9県知事が政策グループ「自立と分散で日本を変えるふるさと知事ネットワーク」を結成した

 教育、産業、観光などの分野で、お互いの先進的な政策事例を共有し、各県の施策に活用する。ある県が別の県の農協と連携して新商品を開発・販売したり、大学と共同研究に取り組んだりする

 あえて「田舎の知事」ばかりが集まった。鳩山政権は「地域主権」を掲げるが、「国主導で国と地方のあり方を変えるのは難しい」と訴える。5月には地方の発想による独自の政策提言を発表する予定だ

 無論、その道のりは簡単ではない。バブル崩壊後の「失われた10年」と小泉改革で、地方経済は疲弊した。若者や企業の大都市圏への流出が続く。9県の担当者が相談に集まる先も結局、東京となった。「日本の交通が東京中心に構築されているのを実感した」という

 どの県にも特有の魅力がある。東京に頼らない「ローカル」の魅力を最大限に引き出し、育てるため、知恵を絞ってもらいたい。

 2月15日付 編集手帳 読売新聞
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2.18.2010

自らを鼓舞するも自然体で行くも、問われるのは常に結果・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 五輪に集うアスリートには2種類のタイプがあろう。一つは、必ずメダルを取る、などと公言して自分を鼓舞する選手。もう一つは、静かに闘志を燃やしつつ、自然体で実力を出そうとする選手

 スポーツの世界に限るまい。例えば鳩山首相にあてはめると、やはり前者のタイプなのだろうか。夫人が金メダルをイメージして見立てたゴールド系の“勝負ネクタイ”を就任以来、締め続けているのだから

 ただし最近は、毎日が金メダルタイとは限らないようである。たまに青系のネクタイも見るようになった。国会で明るい紫色を締めている時などはかなり新鮮に映る

 金色もお似合いではあるが、野党の党首時代は赤あり緑ありで、多彩なネクタイの趣味を披露していたと思う。首相の仕事は日々勝負とはいえ、ゴールド系のみではマニフェストに固執する姿勢にも似る。鳩山さんが少し自然体になって、ファッションと政策に柔軟性を取り戻そうとしているのなら好ましい

 無論、自らを鼓舞するも自然体で行くも、問われるのは常に結果だ。まずはバンクーバーから良いニュースが届くのを楽しみに待ちたい。

 2月14日付 編集手帳 読売新聞
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2.17.2010

スポーツ観戦の楽しみ「こだま」励ましたつもりが、励まされている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 呼べば応える「こだま」は漢字で「谺」とも「木霊」とも書く。梅の木が冬に耐えて花を咲かせるこの季節には、「木霊」の表記が似合うようである

 スポーツ観戦の楽しみは、木霊を聴くことにあるのかも知れない。故障を克服し、あるいはスランプを乗り越えて大舞台に臨んだ選手を「頑張れ、負けるな」と応援しているうち、自分が選手から同じ言葉で声援を送られていることに気づく。励ましたつもりが、励まされている

 テレビが中継する“街頭の声”でよく耳にする「元気をもらった」「勇気をもらった」という言い回しも、木霊をその人なりに受け止めた言葉だろう。冬季五輪バンクーバー大会がきょう、開幕する

 若木がいる。スピードスケートの15歳、高木美帆選手はリンゴのような頬(ほお)にニキビの跡も初々しい中学3年生である。ジャンプの6大会連続・葛西紀明選手37歳、スピードスケートの5大会連続・岡崎朋美選手38歳のように、年輪を重ねた幹もいる

 木霊を反響させてくれるだろう日本選手団という樹林の、ほぼ全員に声援を送るつもりでいる。あえて「ほぼ」とした理由は言わない。

 2月13日付 編集手帳 読売新聞
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2.16.2010

「若い藝術家の肖像」作品に、作者に、骨の髄まで惚れ込めばこそ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 谷崎文学や川端文学などを英訳したE・G・サイデンステッカー氏の自伝に、翻訳者の嘆きを語った詩が出てくる

 〈広い世界のどこでも同じ/まったくもってひでぇ話/褒められるのはいつでも作者/貶(けな)されるのはいつでも訳者〉。それでも翻訳に精魂を傾けるのは、その作品に、作者に、骨の髄まで惚(ほ)れ込めばこそという

 一つ小説を書くごとに、ジョイスの偉大さがわかる。もっと小説を書いてジョイスを知りたい――ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』の翻訳で今年の読売文学賞に選ばれた丸谷才一さん(84)が本紙で語っていた。愛の告白として、これ以上の言葉はあるまい

 丸谷さんが古希を迎えたとき、親しい編集者が歌舞伎のせりふをパロディーに仕立てて贈ったという。丸谷文学の作品名が織り込んである。〈知らざあ言って聞かせやしょう エホバの顔を避けてより〉に始まり、〈たった一人の反乱と 人は言えども大きなお世話…〉とつづく

 締めの名乗り。〈めでたく七十路迎えたる 丸谷のジョイス才一たあ おれがことだ〉。今度の受賞をあらかじめ祝ったような名せりふである。

 2月12日付 編集手帳 読売新聞
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2.15.2010

世界市場に打って出る戦略“理想のカップル”実るも、散るも縁・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 評論家の野口武彦さんは「恋愛」を次のように定義したという。〈より多く愛した側が敗北する男女の性的葛藤(かっとう)である〉。小谷野敦さんの「〈男の恋〉の文学史」(朝日選書)からの孫引きである

 経営統合の交渉は、〈より多く愛した側が敗北する企業同士の経済的葛藤である〉と、定義できるかも知れない。業績で劣勢に立つ企業の側は、是が非でも統合を実現しなくてはならず、厳しい条件を受け入れてでも交渉をまとめようとするだろう

 厄介なのはどちらも優良企業で、良縁は引く手あまた、相手を愛する度合いも一緒、交渉で敗北して無理難題をのむなんて「冗談じゃないわ」という強気同士の場合である。キリンとサントリーの統合交渉が決裂した

 組織力を誇る三菱グループの一員で手堅い経営のキリンと、株式の約9割を創業者一族が握る独特の経営手法で知られるサントリーと、企業文化の壁を越えられなかったという。内需を食い合うのではなく、世界市場に打って出る戦略を共有した“理想のカップル”とも評された

 実るも、散るも縁のものとはいえ、さみしさの残る恋の終わりである。

 2月10日付 編集手帳 読売新聞
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2.12.2010

現実的なものとそうでないものに、そろそろきちんと分別した方がいい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 マニフェスト、という外来語は二つある。政権公約を意味するのは「manifesto」。産業廃棄物などの申告書類は「manifest」。立派な公約集と政策廃棄物一覧は紙一重だ――昨夏の総選挙前にそう書いた

 鳩山政権も半年近くたち、前者から後者へと移すべき政策がくっきりしてきたようだ。最たるものは子ども手当の「満額支給」だろう。実行すると年に5兆3000億円かかる

 子育て家庭への思い切った経済支援はいいが、国の財布から見て、やはり巨額過ぎる。2人の財務副大臣がそろって、「満額は難しい」と本音で語ったのはなかなか分別ある姿勢だった

 なのに上役からお叱(しか)りを受けた副大臣は一転、「うかつな発言だった」と陳謝したという。それでほかの福祉予算は確保できるの?と、医療や介護などの現場で不安が募るのは宜(むべ)なるかな

 高速道路無料化や農家の戸別補償など半年前に掲げた公約の数々を、現実的なものとそうでないものに、そろそろきちんと分別した方がいい。「分別」もまた“ふんべつ”と“ぶんべつ”の2語あるが、鳩山政権にはどちらも必要だろう。

 2月7日付 編集手帳 読売新聞
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2.10.2010

嫌疑不十分、黒に劣らず「白」たる身の証しもまた、棘の道・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈モノクロ映画では、黒と白のあいだに無限のグレーがある〉とは映像カメラマン、宮川一夫さんの言葉である。溝口健二監督『雨月物語』や黒沢明監督『羅生門』などの撮影で“国宝級”と評された名匠ならではの色彩論だろう

 モノクロ映画と同じく「不起訴」にも、黒と白のあいだに濃淡無限のグレーがある。一私人であれば、検察当局が起訴を断念したその事実をもって身の潔白の証しとするのもいいだろう

 政治資金の不正処理事件で不起訴(嫌疑不十分)になった政権党の最高実力者、小沢一郎民主党幹事長は公人中の公人である

 土地購入の原資4億円をめぐる説明が「政治献金」「金融機関からの融資」「個人資金」と、二転三転したのはなぜか。総額で30億円に近い実態と異なる記載が、本当に秘書の一存で出来るのか…等々、解明されない謎が多すぎる。小沢氏は国会や記者会見の場で語るべきだろう

 起訴された政治家には法廷という疑惑を晴らす場所がある。嫌疑不十分で不起訴になった政治家は、自身の言葉で「白」たる身を証し立てるしかない。黒に劣らずグレーもまた、棘(いばら)の道である。

 2月5日付 編集手帳 読売新聞
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2.09.2010

「一門の意思」良き伝統は崩れるに任せ、改めるべき旧弊を大事にする・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 昔の白粉(おしろい)には鉛が含まれており、希代の名優とうたわれた五代目中村歌右衛門は身を鉛毒に侵されつつ、芸に精進したという。偉大な先人がそうだったからといって、今、鉛入りの白粉を好んで使う役者はいない

 人気の絶頂期、歌右衛門が入った風呂の湯は竹筒に入れて売られたと伝えられる。いかに人気が高かろうとも、今、あまり衛生的とは言いかねる同種のグッズを売りに出す役者はいない

 「伝統を守る」とは古人の精神と、歳月に磨かれた様式美を受け継ぐことであり、無批判に旧習を温存することを意味しないのは当然だろう。相撲の社会はつくづく不可解である

 日本相撲協会の理事選で一門の意思に反する候補に票を投じた安治川親方(元幕内・光法)に、退職する、しないの騒動が起きた。おのが自由意思を1票に託したことで職が危うくなる、そんな恐怖国家のような選挙がこの広い世の中のどこにある

 横綱のガッツポーズには厳しい処分を下さず、「抑制の美学」という良き伝統は崩れるに任せ、改めるべき旧弊を大事にする。非常識という名の鉛毒に侵されているように思えてならない。

 2月4日付 編集手帳 読売新聞
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2.08.2010

雪に白く覆われた「節分」固唾を呑んで、変わり目を見つめている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 大正から昭和にかけてフランスの駐日大使を務めたポール・クローデルは詩人としても知られた。日本を題材に、171の短章を収めた詩集『百扇帖』から。〈雨やうやく雪となり/泥やうやく金(きん)となる〉(山内義雄訳)

 金色に輝いていく泥、が詩の眼目だろう。いわれてみればたしかに、ぬかるみの泥が降り積もる雪に隠れていくとき、そう映る一瞬があるようである。きのうの未明にかけて東京も、雨から変わった雪に白く覆われた

 水気の多い雪が春の遠くないことを教えている。きょうは節分、明けて4日は立春である

 今年ほど立春のその日が世間の耳目を集めている年もあるまい。いわゆる“小沢資金”をめぐり、政治資金規正法違反容疑で逮捕された石川知裕容疑者(民主党衆院議員)ら3人が4日に拘置期限を迎える。場合によっては小沢一郎・民主党幹事長の進退問題も浮上することから、永田町では与党野党を問わず、固唾(かたず)を呑(の)んで季節ならぬ捜査局面の変わり目を見つめている

 詩の〈泥やうやく金(きん)となる〉とは違い、巨額の金(かね)が醜聞の泥にまみれたなかで迎える、いささか無粋な春である。

 2月3日付 編集手帳 読売新聞
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2.07.2010

一門の意思・慣例破りの貴乃花親方当選、ほどの良い緊張感・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 向田邦子さんのシナリオ『冬の運動会』に“出刃(でば)納豆”の話が出てくる。藁苞(わらづと)に出刃包丁を突き刺して作る納豆のことという

 テレビでは大滝秀治さんの演じた靴職人が、団欒(だんらん)の食卓で語る。〈出刃つき刺す。納豆の奴(やつ)、びっくりして汗かくんだよ。納豆に一番大事なのは水分だろ。水気がなきゃ、糸ひかないもの。な! これ、名づけて『山形の出刃納豆』〉(岩波現代文庫「向田邦子シナリオ集4」)

 賞味したことはないが、冷や汗にも効用があるらしい。なにやら、人の組織に緊張感を取り戻す方策を暗示しているようでもある

 一門の意思で決められてきた日本相撲協会の理事選挙で、一門を離脱して出馬した貴乃花親方が当選した。監督指導の糸引きが悪く、薬物事件に暴力事件と相次ぐ不祥事で不出来な納豆をこしらえてきた協会に、慣例破りの出刃はほどの良い緊張感をもたらすだろう。横綱朝青龍の暴行問題にどう対処するかで早速、冷や汗の効能が試される

 渦中の横綱は節分の豆まき行事を辞退するという。相撲界の藁苞にとどまれるか、自身が瀬戸際の豆、「福は内」の心境ではあるまい。

 2月2日付 編集手帳 読売新聞
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2.06.2010

地球最後の時まで「終末時計」の針が3年ぶりに1分戻され・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 人類最初の原爆投下を命じたトルーマン米大統領が、それよりもはるかに強力な水爆の開発を原子力委員会に命じたと公式に発表したのは、60年前の1月31日だ。前年、旧ソ連の原爆実験成功で、米国の核兵器独占は終わっていた

 以来、世界は、核戦争による人類滅亡の危機にさらされてきた。昨年末の時点で、地球上に2万3000発以上の核兵器があり、うち96%を米国とロシアが保有している

 その両国が、新たな核軍縮条約の合意に向けて大詰めの交渉を再開する。それもあってのことだろう、先月、地球最後の時までの残り時間を示す「終末時計」の針が3年ぶりに1分戻され、「残り5分」から「残り6分」となった

 時計を管理する米科学誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は、「核兵器のない世界」を唱えるオバマ大統領の存在も大きいとしている

 世界はちょっぴり安全になった、といわれても、昨年、2回目の核実験を強行した北朝鮮から、そう遠くない日本に住む身としては、得心しかねるが。「残り17分」だった19年前の世界に戻るまで、道程はまだ先が長い。

 2月1日付 編集手帳 読売新聞
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2.05.2010

世界市場への拡大路線、品質神話が揺らぎ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 明らかに日本車とは趣の違うトラックの荷台に、「TOYOTA」と赤い字が大きく書いてある。拙(つたな)いロゴで、“O”の字などは四角い。よく見ると、自国メーカーの武骨な車体に赤いビニールテープを張っているのだった

 十数年も前のことだが、海外取材の折にそんな“偽ブランド車”を一度ならず目撃した。それを当時、トヨタ自動車の会長だった豊田章一郎さんに話した覚えがある

 この車がトヨタだったらな…という運転手の声が聞こえるようで日本人としては誇らしかったですよ、と伝えると、ご本人は困ったような嬉(うれ)しいような面持ちで笑っていた。トヨタ車の品質神話が世界中に浸透してから、すでに久しい

 それが揺らぎそうな事態である。アクセルペダルの不具合などで、トヨタ自動車は米国を中心に数百万台規模の回収を決め、あす1日からは北米工場で対象車種の生産を一時停止する

 問題の部品は設計から海外メーカーにまかせ、トヨタ流の厳しい品質管理が十分に及ばなかったらしい。世界市場への拡大路線のアクセルが少々過ぎたか。見直すべきはペダルだけではないかもしれない。

 1月31日付 編集手帳 読売新聞
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2.04.2010

半世紀を姿なき「伝説の人」崖から転がり落ちそうになったら・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 例えば科学者とか弁護士とか、将来、何になりたいの? 妹に聞かれ、高校生ホールデンはある風景を語ってみせた。崖(がけ)っぷちにライ麦畑があり、何千人もの子供たちが遊んでいる]

 〈僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ…〉。J・D・サリンジャー、野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』(白水社刊)の一節である。「崖の下」は、大人の“いんちきな世界”を指すらしい

 自己を据える場所が見つけられないいらだちと、大人社会への反抗と、永遠の青春小説を残し、サリンジャー氏が91歳でシ去した

 米国ニューハンプシャー州の自宅にこもり、半世紀を姿なき「伝説の人」として生きた。越してきた当座は、地元の子供たちと親しく交際したという。ある少女が彼との会見記を特ダネとして新聞に載せたことに激怒し、敷地に高い塀を巡らせて世間との交渉を絶ったと伝えられる。信じていた子供たちまで崖の下に消え、ライ麦畑にひとり残された人の孤独がしのばれる

 みずからの後半生を原稿用紙にして小説のつらい続編を書いた、そんな気もする。

 1月30日付 編集手帳 読売新聞
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2.03.2010

答弁中にヤジを飛ばし「うるさい」お行儀がよろしくない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 蒙古(モンゴル)に精通し、「蒙古王」と呼ばれた政治家に佐々木安五郎がいる。衆院議員の佐々木が加藤高明外相に、蒙古について質問の演説をした。1915年(大正4年)のことである

 答弁に立った加藤が「佐々木君は蒙古には特別にお詳しいから…」と皮肉を述べた。間髪入れず、佐々木がひと声、「貴下の英国に於(お)けるが如(ごと)し」。英国通の加藤に切り返した当意即妙のヤジに、議場が沸いたという

 森銑三「風俗往来」(中公文庫)の一節だが、こういうピリッとワサビの利いた不規則発言ならばまだしも、である

 答弁中の閣僚が質問と関係のない発言をする。ヤジを飛ばした議員を「うるさい」と怒鳴(どな)りつける。政権の座に慣れていないせいか、鳩山内閣になって閣僚答弁のお行儀がよろしくない。不規則な発言を慎むよう、臨時の閣僚懇談会を開いて官房長官が異例の注意を与えたという

 テレビにも映る。家に帰って子供や孫を「お行儀が悪いぞ」とは叱(しか)りにくいだろう。その子から「貴下の国会答弁に於けるが如し」と言い返されたら、立つ瀬がない。ヤジに耐える能力も閣僚の資質である。

 1月29日付 編集手帳 読売新聞
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2.02.2010

「トラスト・ミー」口走った直後に取り消しても遅すぎる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 あわて者の女房が道で伊勢屋のお内儀(かみ)さんに出会い、「旦那(だんな)さまは、おかわりなく…」と言いかけて、伊勢屋の主人が3か月前にシんだことに気づき、「お亡くなりになったまんまでござんすか?」。江戸の小(こ)咄(ばなし)にある

 失言は誰にもある。普通はこの女房のように口走った瞬間、「まずい!」と悟るものである。一夜明けてようやく悟るのは、よほど言葉に鈍感な人だろう

 鳩山首相はきのう、“小沢資金”疑惑の石川知裕容疑者(民主党衆院議員)について「起訴されないことを望む」と語った前夜の発言を、不適切と認め、撤回した

 検察のトップ、検事総長の任免権は内閣にある。内閣の長たる首相の〈不起訴祈願〉は、捜査への介入とみなされても仕方がない。口走った直後に取り消しても遅すぎるほどの重い失言である。検察当局を批判する小沢一郎幹事長に告げた「闘ってください」。普天間問題でオバマ米大統領に告げた意味不明の「トラスト・ミー」(私を信じて)。ため息も、3度目になる

 小咄に出てくるあわて者の女房が、にわかに見識のある常識人に思えてくるから、困った政権である。

 1月23日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

2.01.2010

検視「生者を助ける」次の犯罪を未然に防ぐことができる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 その物語に登場する米国ニューヨーク市の検屍(けんし)局では、大理石の壁にラテン語の言葉が刻まれている。〈シ者が生者を助けるこの場所では、会話も笑いも聞かれない〉

 パトリシア・コーンウェルの女性検屍官シリーズの一冊『私刑』(講談社文庫)のなかにある。小説の一節だが、検視(検屍)のもつ重い意味をよく伝えている。検視によって事件が早期の解決をみれば、次の犯罪を未然に防ぐことができる。「シ者が生者を助ける」場所である

 欧米に比べて遅れている検視制度を改めるべく、警察庁が近く研究会を発足させるという

 警察が一昨年扱った“異状シ”約16万体のうち、検視官が現場に立ち会ったのは14・1%、解剖に付されたのは9・7%にとどまる。解剖せずに「自サツ」と判断して犯罪が見逃された事例がなかったかどうか。研究会は検視官や解剖医の増員に向けた具体策などを議論するという

 同シリーズの作品『接触』で、主人公が同僚に嘆く。〈私たちが十分な予算をもらえることは絶対にないわ。シ人は投票しないから〉。投票することはなくても、生者を助けてくれる人々である。

 1月22日付 編集手帳 読売新聞
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