黴臭いにおいが鼻先をかすめた・・・ 編集手帳 八葉蓮華
明治天皇が軍人に下賜した「軍人勅諭」に〈(軍人は)政治に拘(かかわ)らず…〉とある。以下、〈只々一(ただただいち)途(ず)に己(おの)が本分の忠節を守り〉と続くのをみれば、「政治にかかわらず」が「関与せず」の意味であるのは疑問の余地がない◆それを「時の政治がどうであれ、意に介することなく」と都合よく読み替えた軍人たちが、無謀な昭和戦争に道をひらいたのは歴史の教えるところである◆時の政治がどうであれ――の黴臭(かびくさ)いにおいが鼻先をかすめた。「わが国が侵略国家だったというのは濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)だ」等々、政府見解と異なる論文を発表して航空幕僚長が更迭されたが、ひとりの逸脱ではなかったらしい◆「真の近現代史観」をテーマとする懸賞論文は空幕教育課が全国の部隊に応募要領を通知し、幕僚長のほかにも78人の航空自衛隊員が応募したという。組織を挙げて奨励した経緯と背景を防衛省は解明する責任がある◆論文の内容に一理ある、ないの話ではなく、中国や韓国が怒る、怒らないの話でもなく、ましてや退職金を返納する、しないの話ではない。政治をないがしろにする空気はありや、なしや。その一点である。
11月7日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge