11.11.2008

死ぬ瞬間まで活動の本舞台を未来に求め続けよ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

死ぬ瞬間まで活動の本舞台を未来に求め続けよ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
相馬雪香(そうまゆきか)さんが小学生のとき、授業で教師が述べた。「桜は日本人の魂である。魂を売った国賊がいる」。米国に3000本の桜を贈ったのは相馬さんの父、東京市長の尾崎行雄である◆体制批判を貫いた政治家の娘に世間の目は冷たい。食糧難の終戦直後、ひもじがる4人の幼子を抱え、頭を下げて農家を歩いた。「国賊の娘に食わす物はない」。返ってくるのは判で押したような言葉であったという◆父親譲りの熱い血と反骨精神が逆境を糧に変えたのだろう。難民の救援活動などを通して紛争地域の戦禍克服に身を尽くし、相馬さんが96歳で亡くなった◆“憲政の神様”は〈人生の本舞台は未来にあり〉という言葉を残している。蓄えた知識と経験を世に捧(ささ)げるべく、死ぬ瞬間まで活動の本舞台を未来に求め続けよ、と。「難民を助ける会」の現職会長として生涯を現役で通した娘を、天上の父はねぎらいの微笑で迎えたことだろう◆相馬さんが生まれた1912年(明治45年)は尾崎が米国に桜を贈った年である。ポトマック河畔の春をいまも彩る同い年の木々に似て、風雪に耐えて咲いた花の生涯をしのぶ。

11月11日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge