11.24.2008

答えが見え始めてから謎がいっそう深まる“簡単でない迷路”・・・ 編集手帳 八葉蓮華

答えが見え始めてから謎がいっそう深まる“簡単でない迷路”・・・ 編集手帳 八葉蓮華
小説のなかでFBIの元捜査官が言う。解くのがむずかしい迷路も、つくるのはやさしい。まず正解の道を描いたら、あとは線を書き足して見せかけのルートをこしらえる。「答え(容疑者)がわかればパズルは簡単なものだ」と◆米国の作家ジェフリー・ディーバー「悪魔の涙」(文春文庫)の一節だが、答えが見え始めてから謎がいっそう深まる“簡単でない迷路”も現実にはある。男が正解ルートとして語る〈線〉の異様さはどうだろう◆元厚生次官宅の連続殺傷事件で無職の男(46)が出頭し、逮捕された。「昔、保健所にペットを処分されて腹が立った」と警察で供述している◆なぜ、遠い過去の恨みを無関係の元次官や夫人に向け、証拠品の凶器に運動靴まで携えて出頭し、少しも悪びれた様子がないのか。幾つもの「なぜ」を残し、軽すぎる動機と重すぎる犯行を結ぶ〈線〉はぼやけている◆常識と分別を知る殺人者など世の中にいるはずもないが、これほど愚かしい動機で縁もゆかりもない者の標的にされ、たった一つしかない命を奪われたとすれば、たまらない。言葉もなく、迷路の前に立ちつくす。

11月24日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge