2.05.2009

「しあわせの書」変幻自在なトリックで読者を魅了・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 本名を厚川昌男という。あつかわまさお――文字を並べ替えて「あわさかつまお」、推理作家の泡坂妻夫さんである。遊びの愉(たの)しさを至芸の域にまで高め、変幻自在なトリックで読者を魅了したその人らしい命名である

 生半可な遊び心ではない。例えば「しあわせの書」(新潮文庫)ではひらくページすべてに、ある仕掛けが隠されている。真似(まね)しろと言われたら脳みそが卒倒しそうな仕掛けが何かは、実際にお読みいただくしかない

 東京・神田の紋章上絵師(うわえし)、和服の家紋を描く職人の家に生まれた。幼いころ、縁日の夜店で見た手品で人を驚かせる喜びを知ったことが創作の原点になったという

 「乱れからくり」など数々の本格物には、職人肌の凝り性と奇術師の妙技が溶け合っている。貴公子風の名探偵・亜愛一郎(ああいいちろう)や、謎の外国人ヨギ・ガンジーの明察に、夜の更けるのを忘れてページを繰った方も多かろう

 遊び、みずから愉しみ、その愉楽を一作ごとに読者と分け合って泡坂さんが75歳で逝った。幾何の難問を解き終えたような心地よい読後感は、色あせることのない紋章として読者の心に残るだろう。

2月5日付 編集手帳 読売新聞
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