2.19.2009

「市民の社会常識」残酷な場面にも立ち会うことになる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 原作の小説は夢中で読みふけったのに、映画には食指が動かない、そういう作品がある。猟奇殺人を描いたT・ハリス「羊たちの沈黙」や、恐竜が人を襲うM・クライトン「ジュラシック・パーク」は映画では見ていない。流血の場面を苦手にしている

 「いい年をして」「男のくせに」とばかにされても映画ならば見ずに済ます手もあるが、裁判員になるとそうもいかない。動悸(どうき)にあえぐ経験もするだろう

 東京都江東区のマンション自室で2部屋隣に住む女性を殺害した男に、きのう、東京地裁で無期懲役の判決が言い渡されたが、証拠調べでは遺体断片の写真が大型モニターに映し出されたという。そういう法廷にも裁判員は立ち会うことになる

 「市民の社会常識」をプロの裁判官が自前で身につけてくれさえすれば、心臓に悪い経験を市民が味わう必要もないわけで、アマの手を煩わせないと職務が全うできないプロとは何なのさ…と、制度の始まる前から愚痴のひとつも言ってみたくなる

 裁判員に選ばれたらきっと残酷な場面にも耐性ができて、見る映画の間口が広がるだろう。別に、うれしくもない。

2月19日付 編集手帳 読売新聞
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