7.02.2008

「たばこ店からは悲鳴…」 編集手帳 八葉蓮華

住み慣れた町を出ていく青年が、親しくしてくれた人たちに胸の中で別れを告げる。井上順さんが40年ほど前に歌った「お世話になりました」(詞・山上路夫、曲・筒美京平)である◆下宿のおばさん、そば屋のおじさん、「煙草(たばこ)屋(や)のおばあちゃん」が歌われている。〈お金がない時もあとでいいと言って/ハイライトをくれた/お世話になりました…〉。遠い日に暮らした街を回想するとき、小さな店構えが瞼(まぶた)に浮かぶ方もあろう◆その経営が窮地に立っている。未成年者の喫煙を防ぐ自動販売機用の成人識別カード、「タスポ」の面倒な手続きを嫌って、コンビニエンスストアなどでたばこを買い求める人が少なくない。自販機に収入の多くを頼るたばこ店からは悲鳴が聞こえる◆どこの街でも、風景を心やすまる姿に形づくっているのは青果や菓子、たばこなどをささやかに商う「小さな店」である。廃業に追い込まれることにでもなれば、風景は変わる。カードの普及には一段の知恵が要ろう◆歌の青年がのちに、その町を再び訪ねたかどうかは知らない。懐かしい店構えが消えていたら、さびしいだろう。

7月2日付 編集手帳 読売新聞

たばこ自動販売機・・・残すための苦肉の策・・・「タスポ」


八葉蓮華、Hachiyorenge