水悩月… 編集手帳 八葉蓮華
夕立には「白雨(はくう)」という美しい異称がある。涼しげな名は白い雨脚から付けられたという。〈木から木へこどものはしる白雨かな 飴山実(あめやまみのる)〉。急な雨に遊びを中断して走る子供たちの、はしゃぐ声が聞こえてきそうである◆蝉(せみ)の合唱がやむ。青空がかき曇り、水煙を立てて雨が降り注ぐ。それもつかの間で、ほどなく嘘(うそ)のように晴れ上がり、蝉がまた鳴き出す…。夏の雨といえば、涼を呼ぶありがたいもの、恋しいものであったはずである◆はしゃぐどころか、川べりからわずかに難を避ける時間の余裕も子供たちにはなかったらしい。きのう午後、大雨で増水した神戸市内の川で子供を含む4人が濁流にのまれて死亡した◆未明から北陸地方を襲った豪雨では一時、富山県内で30か所の集落が孤立し、金沢市では約5万人に避難の指示が出されている。夏の雨らしい昔の雨は、どこに行ってしまったのだろう◆旧暦ではまだ6月下旬、「みなづき」がつづく。一説には「水悩月(みずなやみづき)」の略ともいう。「白雨」の美称にはだまされまい。朝となく、夕となく、「水悩」の二文字を胸に、不意の雨にはくれぐれも用心を。
7月29日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge