炎暑の季節がはじまる… 編集手帳 八葉蓮華
詩人の杉山平一さんに、「風鈴」という作品がある。〈かすかな風に/風鈴が鳴つてゐる/目をつむると/神様 あなたが/汗した人のために/氷の浮かんだコップの/匙(さじ)をうごかしてをられるのが/きこえます〉◆仕事のあとの一杯がいつも赤提灯(あかちょうちん)では芸がない。たまには神様が匙を動かす一杯にあずかろう。…と思い立ち、川崎大師(川崎市)の風鈴市を訪ねて小ぶりの江戸切り子をひとつ買った◆窓を閉め切って冷房を効かせていては鳴ってくれない。テレビなどをつけていては聞こえにくい。その音色は働いて流す汗のみならず、省エネで流す汗のご褒美でもあろうかと、自宅の窓辺に風鈴をつるしながら思う◆きょうは二十四節気のひとつ「大暑」、炎暑の季節がはじまる。世をあげて原油高にあえぐ夏である。毎日とはいかずとも、昔に返って風鈴と団扇(うちわ)で過ごす一日をつくるのもいいだろう◆原稿の締め切り時間に尻を炙(あぶ)られての冷や汗やら、進まない筆に呻吟(しんぎん)しての脂汗やらを流している身も、さて、「汗した人」のうちに入れてもらえるのかどうか。匙を手にした神様に尋ねてみないと分からない。
7月22日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge