7.08.2008

「星の夜の深き哀れ…」 編集手帳 八葉蓮華

詩歌の古典に詠まれた月は数えきれないが、星はそう幾つもない。星空に美と哀(かな)しみを見た女性歌人に源平争乱期の人、建(けん)礼門院(れいもんいん)右(うき)京(ょう)大夫(のだいぶ)がいる。〈月をこそながめ馴(な)れしか星の夜の深き哀れを今宵(こよい)知りぬる〉◆「月は眺めなれているけれども」という感慨は、都会に暮らす現代人のつぶやきに聞こえなくもない。都市の至る所が不夜城に変わり、仰ごうにも星空はいずこに…という方は多かろう◆昨夜は七夕の催しで、各地の施設や店舗などが2時間ほど一斉に明かりを消した。梅雨の明けない地方でも夜空に目を凝らせば、「星の夜の深き哀れ」がほんの少し味わえたに違いない◆建礼門院右京大夫には七夕の歌もあった。〈彦星の行き合ひの空をながめても 待つこともなき我ぞ悲しき〉。恋人であった平家の公達(きんだち)、平資盛(すけもり)が壇ノ浦で没し、年に一度の逢瀬(おうせ)さえもかなわぬ身を嘆いた一首という◆気がつけば、壁のカレンダーが半分の薄さになっている。むごい事件があった。地震があった。海の事故があった。亡き子の、父母の、夫の、妻の面影を胸に、「待つこともなき」人もきっと、星空を仰いだだろう。

7月8日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge