12.03.2008

名をも命も惜しまざらなむ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

名をも命も惜しまざらなむ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
 対米戦争の火ぶたを切る真珠湾攻撃で日本の連合艦隊が大戦果を挙げたとき、山本五十六司令長官に参謀が告げた。長官の郷里で市民の祝賀行列が催されたそうです…◆「フン、その連中がな、いまに俺の家へ石を投げつけに来るよ」。山本はそう答えたと、作家の阿川弘之さんが参謀から直接に聞いた話として随筆集「葭(よし)の髄(ずい)から」(文芸春秋刊)に書き留めている◆1941年(昭和16年)12月8日の開戦にあたり、山本が所懐を遺書としてしたため、戦後は所在不明になっていた肉筆文書「述(じゅつ)志(し)」が見つかったという◆〈名をも命も惜しまざらなむ〉。命のみならず、名誉も惜しまない。「いまに俺の家へ石を…」と、暗い結末を見通した眼光がここにもある。やってはならぬと唱えてきた戦争で先陣に立たねばならない人の、決死の覚悟がしのばれる◆アジアで戦線が拡大しているところへ、鉄鋼生産量は日本の10倍、原油生産量は740倍の国を向こうに回しての開戦である。政治学者の南原繁に当時の歌がある。〈人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ〉。12月8日がまためぐってくる。

12月3日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge