深夜零時に魔法が解けるのを憂えるシンデレラのように・・・ 編集手帳 八葉蓮華
森鴎外「青年」に、主人公が体の変調に気づく場面があった。〈鈍い頭痛がしていて、目に羞明(しゅうめい)を感じる〉。「羞明」とは「まぶしさ。また、神経衰弱から強い光の刺激をおそれる病気」(日本国語大辞典)をいうらしい
子供のころは待ち遠しかった正月というものに、羞明を感じるようになったのはいつからだろう。くすんだ色合いの年の瀬にもう少し浸っていたいのにと、時計を見やりつつ過ごすのを大(おお)晦日(みそか)の習わしにしている
「年惜しむ」という季語がある。昔の人のなかにも、深夜零時に魔法が解けるのを憂えるシンデレラのように、一刻一刻を名残惜しく見送った人がいたのかも知れない
新しいカレンダーを壁に掛けたお宅もあるだろう。〈初暦知らぬ月日は美しく 吉屋信子〉。皆さんの「知らぬ月日」がどうか、ほどほどにまぶしい、心のなごむ出来事で埋まりますように
港のそばで育ったので、除夜の鐘よりも、停泊中の船から一斉に鳴り出す除夜の汽笛になじみが深い。海辺を離れたいまも日付が変わる時刻に窓をひらき、聞こえない汽笛に耳をすますのをシンデレラの儀式にしている。
12月31日付 編集手帳 読売新聞
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