おごることなく、中身のない大言壮語はせず、地に足をつけて歩むべし・・・ 編集手帳 八葉蓮華
〈黙々として牛の如(ごと)くせよ〉。英国留学中の夏目漱石が日記にそう書いたのは、1901年(明治34年)の春である。祖国よ、と
その前後には、〈自ら得意になる勿(なか)れ〉〈内を虚にして大呼(たいこ)する勿れ〉と、戒めの言葉が置かれている。おごることなく、中身のない大言壮語はせず、地に足をつけて歩むべし…。のちの昭和史を予見していたようでもある
牛の絵をあしらった年賀はがきに筆を走らせつつ、手休めに書棚の「漱石日記」(岩波文庫)をひらいた。未曽有の金融危機に揺れた一年を顧みれば「牛の如く」とは、米国流錬金術を信奉してきた世界経済をきつく叱(しか)りつけた言葉にも聞こえる。時宜を得たといえば得た、どこか胸にほろ苦い来年の干支(えと)である
前回の丑年(うしどし)にも日記の同じくだりを一読したおぼろげな記憶がある。そうか、北海道拓殖銀行や山一証券がバブルに踊ったツケを経営破綻(はたん)という形で支払った年だったか…と、年表を手にとって知る
年賀はがきのわが牛たちは、「人間は学習が苦手だね」とつぶやいては、コタツの上で悠々と道草を食っている。どうやら元日には届きそうもない。
12月30日付 編集手帳 読売新聞
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