青空とそよ風が演出した光景… 編集手帳 八葉蓮華
聖火の最終ランナーは、原爆の日に広島県で生まれた青年だった。グラウンドからスタンドの頂点まで延びる階段を、トーチの白い煙をひとすじ長く引きながら、一直線に駆け上がっていく。抜けるような青空の中で、聖火台にオレンジ色の炎が点(とも)った◆東京五輪の記録映像を見ている。なんと見事な光景だろう。最高の舞台装置はあの晴天と微風である。どちらが欠けても駄目で、これはもう、人知を超えた存在が演出したとしか思えない◆聖火台への点火は開会式のクライマックスだ。最近の五輪では点火方法は秘密にされ、その瞬間に世界をあっと驚かす。前々回のシドニーでは、火を頂いた円盤が上昇して台座に納まった。前回のアテネでは、トーチを巨大化した“聖火塔”がいったん倒れ、先端に点火された後に再び立ち上がった◆北京の聖火台も、相当に派手な動きをするらしい。どんな演出で驚かせてくれるのか楽しみではある。が、奇抜な仕掛けを競う点火ショーは、ちょっとやり過ぎと思わぬでもない◆青空とそよ風が演出した光景が一番、と思うのは欲目だろうか。北京五輪は4日後に迫った。
8月4日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge