心を鍛える・・・ 編集手帳 八葉蓮華
長嶋茂雄さんが現役のころ、三塁の守備についても自分の打撃が頭を離れず、グラブを手にスイングの動作をしたことがあった。当時の巨人監督、川上哲治さんは見逃さず、試合後に人前で厳しく叱責(しっせき)したという◆スター選手も特別扱いをしなかった川上さんの指導を楽天の現監督、野村克也さんは著書「エースの品格」(小学館)で称(たた)えている。指導者の鞭(むち)が、人々に「ミスター」と敬愛される稀有(けう)の野球人をつくったのだろう◆恵まれた体とスピード出世の実績で、大相撲ではスターの卵の、そのまた小さな卵ぐらいの期待は集めていた人である。ロシア出身の幕内力士、若ノ鵬(20)(間垣部屋)が大麻を所持していた疑いで警察に逮捕された◆部屋からは吸引用の道具も見つかっている。初土俵から3年を待たずに新入幕を果たした弟子を、「心技体」の技と体に惚(ほ)れて甘やかし、師匠は心を鍛える鞭を忘れていなかったか。名監督に爪(つめ)の垢(あか)をもらうのもいい◆スターをミスターとして天上に輝かせもし、心の未熟を放置して地べたに叩(たた)き落としもする。上に立つ人が後進に授ける「み」の字にもいろいろある。
8月20日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge