8.16.2008

月の美しい宵であれば・・・ 編集手帳 八葉蓮華

月の美しい宵であれば・・・ 編集手帳 八葉蓮華
一番の歌詞には〈婆(ばあ)ヤはおいとまとりました〉とあり、以下、〈妹は田舎へ貰(も)られてゆきました〉(二番)、〈母(かか)さんに、も一度わたしは逢(あ)いたいな〉(三番)とつづく。野口雨情作詞、本居長世作曲「十五夜お月さん」である◆家族と離ればなれになった悲しみが歌われている。大正期につくられた童謡は、昭和の戦争とはかかわりがない。「十五夜」も陰暦8月15日の夜のことをいい、いまの暦とは違う◆それでも終戦記念日の夜を迎えるたび、月の美しい宵(よい)であればなおさら、その歌詞が胸に染みとおる。出征であったり、学童疎開であったり、多くの人々が一家離散を余儀なくされた時代を思い起こさせるからだろう◆月を仰いで「も一度逢いたい」と祈った母さんは亡くなったか。貰(もら)われていった妹はどうしたか。歌われていない父さんは…。創作の詩に問うても仕方ないとはいえ、いつもながら気にかかる◆〈遠く離れて逢いたいときは月が鏡になればよい〉と古い俗謡にある。幽明、境を異にした肉親ほど、遠く離れて逢いたい人はいない。あすの晩は満月、亡き面影を天上の鏡に映す人もあるだろう。

8月16日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge