8.12.2008

はたちの日よきライバルを君に得て自ら当てし鞭いたかりき・・・ 編集手帳 八葉蓮華

はたちの日よきライバルを君に得て自ら当てし鞭いたかりき・・・ 編集手帳 八葉蓮華
西条八十の葬儀に堀口大学が捧(ささ)げた弔歌がある。〈はたちの日よきライバルを君に得て自ら当てし鞭(むち)いたかりき〉。負けてなるか、と競い合う青春がふたりの詩人にはあったのだろう◆以前、スポーツ誌「ナンバー」で読んだイチロー選手の言葉を覚えている。「本当にベストだったと思うためには、自分のみならず相手のベストも必要だ」と。歌に通じるようである◆北京五輪の競泳百メートル平泳ぎは、北島康介選手(25)が世界新記録で2連覇の金メダルを手にした。ノルウェーの新星ダーレオーエン選手が予選、準決勝で五輪新記録の快泳を重ねるに連れ、北島選手の眼光が変わったと、本紙の特派員電が伝えている◆実力という名の燃料タンクを満たすのは日々たゆまざる鍛錬だが、大舞台で一滴残らず燃焼させる着火剤は「負けてなるか」の眼光をおいてない。相手のベストに目の色を変え、わが身に鞭を当てて自身のベストを引き出す。五輪とは鞭の痛みに耐える人の過酷な祭りをいうらしい◆「すいません。何も言えない」。しばし、その人は感無量で絶句した。男泣き…忘れていた美しい言葉を思い出す。

8月12日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge