8.21.2008

ちっちゃい手だね・・ 編集手帳 八葉蓮華

ちっちゃい手だね・・ 編集手帳 八葉蓮華
「うぶめ」とは難産で命を落とした女性の霊魂をいう。漢字では「産女」「姑獲鳥」と書く。夜をさまよい、通る人に赤子を抱かせる哀(かな)しい亡霊である◆故人の無念を胸に、司法の場で真相が解明されることを望む遺族の“情”は痛いほど分かる。悲しみは悲しみとして、通常の医療行為で刑事責任を問われては医療が成り立たない、という医師側の“理”もよく分かる。情理の間を揺れながら判決を聴いた◆福島県の県立病院で4年前、帝王切開の手術中に女性(当時29歳)が死亡した事件である。業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医の被告(40)に福島地裁はきのう、無罪を言い渡した。理を認めた判断だろう◆とは思いつつ、病院側の説明に得心のいかない患者は真相解明をこれから誰に委ねればいいのか…と思案し、心はまた情に揺れ戻る。中立的な調査機関を設ける以外に策はあるまい◆「ちっちゃい手だね」。帝王切開で生まれた女児と対面して最期の言葉を残し、女性は息を引き取ったという。「うぶめ」の悲しみを消し去ることはできないまでも、たとえわずかでも慰める知恵はあるだろう。

8月21日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge