8.26.2008

長生きも芸のうち・・・ 編集手帳 八葉蓮華

長生きも芸のうち・・・ 編集手帳 八葉蓮華
有吉佐和子さんは36歳のとき、前日に辞書で引いた英単語をまた引いている自分に気づき、記憶の衰えに愕然(がくぜん)とした。老いを究めようと思い立ち、やがて話題作「恍惚(こうこつ)の人」を書く◆題名は頼山陽「日本外史」の一節、「三好長慶(ながよし)、老いて病み、恍惚として人を識(し)らず」から採ったという。認知症をいち早く取り上げた小説が世に出て36年、いまでは高齢社会のごく身近な病となったが、「あの人が…」と思えば胸に去来するものがある◆マーガレット・サッチャー元英国首相(82)の長女が近く出版する回想録のなかで、元首相の認知症が進み、夫君が死去したことも忘れるほど記憶力が減退していることを明かしたという◆「コンセンサス(合意)の旗の下で、誰が戦いに勝ったか?」「たとえ一人になっても、私が正しければ問題はない」等々、“鉄の女”と呼ばれた人の語録を思い起こし、英国から届いた知らせを寂しく聴いた◆「長生きも芸のうち…」とは歌人、吉井勇が八代目桂文楽に贈った言葉である。〈長生きも芸のうちぞと落語(はなし)家(か)の 文楽に言ひしはいつの春にや〉。芸のむずかしさを改めて知る。

8月26日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge