8.07.2008

松本サリン事件 あれから14年、ついに意識の戻らぬまま・・・ 編集手帳 八葉蓮華

松本サリン事件 あれから14年、ついに意識の戻らぬまま・・・ 編集手帳 八葉蓮華
父親は高校生の長男に告げた。「家にあるお金はこれだけだ。足りなければ保険を解約し、まだ足りなければこの家を売りなさい」◆松本サリン事件で当初、警察は第1通報者の河野義行さん(58)を容疑者扱いし、メディアは“疑惑の人”として報じた。意識不明の妻を気遣いつつ無実の逮捕に備える日々を河野さんは手記「『疑惑』は晴れようとも」(文春文庫)につづっている◆報道には抜きがたい不信感を抱いたが、捜査の非を鳴らすにはマスコミに頼るしかない。心情を吐露する相手として、河野さんは読売新聞を選ぶ。「中央の警察情報に強い“最大の敵”を味方につけ、全体の流れを変えようとした」という◆たしかに流れは変わったが、本紙を含む報道各社が警察情報を鵜呑(うの)みにすることで河野さん一家に精神的なリンチを加えた事実は動かない。「最大の敵」という言葉はいまも胸にうずく◆あれから14年、ついに意識の戻らぬまま、妻の澄子さん(60)がサリン中毒の後遺症で亡くなった。「わが家にとっての松本サリン事件が終わった」と河野さんは語った。報道に携わる者に事件の終わりはない。

8月7日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge