世代交代への種まき・・・ 編集手帳 八葉蓮華
春の七草で知られるセリは夏に白い花の冠をつける。泥の中のわずかな根からも芽吹き、冠を競り合うように茎を伸ばす。名前の由来という◆その花もそろそろ見納めのころを迎え、夏も終わりが近い。北京五輪も幕を閉じた。テレビ桟敷を離れ、ゆく夏の寂しさを感じる人も多かろう◆視聴率の都合で競技日程を分断する商業主義は健在な一方で、「国家スタジアム」での過剰ともいえる演出からは、管理された社会の息苦しさも感じた。期間中もグルジアなどで戦火やテロは止(や)まなかった。平和の祭典という言葉が、ときに虚(うつ)ろに響く大会でもあったろう◆磨き上げた技のぶつかり合いに、重苦しさ、息苦しさをしばし忘れることができたのは救いである。多くの選手は4年後に向けて再び泥にまみれる練習漬けの日々に戻る。しっかり根を張り、ロンドンでも可憐(かれん)な花を見せてほしい◆メダルの色や数にこだわる気はないが、日本の9個の金のうち7個がアテネからの連覇というのが、やや気がかりでもある。世代交代への種まきも欠かせない。根から力強く芽吹くセリも、種から育てるのは至難の業という。
8月25日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge