8.22.2008

超人的な記録・・・ 編集手帳 八葉蓮華

超人的な記録・・・ 編集手帳 八葉蓮華
不思議な飲み物を口にした少女は、背丈が25センチほどに縮んだ。不思議なお菓子を食べると今度は、3メートルに伸びた。ルイス・キャロルの物語「不思議の国のアリス」である◆小さなアリスが仰ぎ見る「壁」も、大きなアリスには「階段」の1段にすぎない。顧みれば人間の営みは、不思議なお菓子で壁を階段に変えていく歴史であったろう◆陸上男子二百メートルでマイケル・ジョンソン選手(米国)が12年前に記録し、「半世紀は破られない」と誰もが信じた19秒32を、北京五輪でウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が過去のものにした。縮めること100分の2秒、また一人、壁を階段に変えた人がいる◆ボルト選手が歴史に刻んだ超人的な記録をいつの日にか打ち破る少年が、地球のどこかで今、天から授かったお菓子を指で口に運んでいるかも知れない◆不思議な飲み物で小さくなったアリスは、自分の流した涙の海で危うく溺(おぼ)れかけた。きのうまでの階段が今日は壁となって立ちふさがり、涙の海を肌身で知った失意の選手もいたことだろう。オリンピックという「不思議の国」の祭りも、残すところ3日である。

8月22日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge