失敗を許しも認めもせず・・・ 編集手帳 八葉蓮華
西条八十に会食の席での失敗談がある。パリを旅し、「商船テナシティ」の原作者で詩人のシャルル・ビルドラックから晩(ばん)餐(さん)に招かれた時である。料理を皿に取ったつもりが、皿と見えたのはレースの敷物だった◆うろたえる客人にビルドラックはひと言、「Jeunesse」(青春)と告げたという。日本の詩人は当時30代、年齢の青春ではあるまい。若い日々が記憶のなかで輝くように、この失敗もやがては思い出という宝物になりますよ…と◆北京から届くテレビ映像に毎日、同じ言葉をつぶやいている。けが、不調、不運に泣いた人も、それぞれに宝物を手にしただろう。五輪とは青春の、つまりは失敗の祭典でもあるらしい◆その開会式に“口パク”の歌声は要らざる演出であったろう。たとえ少女が緊張して歌を間違え、泣き出したとしても、聴衆はもらい泣きの拍手で彼女を包んだはずである◆〈日々を過ごす/日々を過(あやま)つ/二つは/一つことか〉。詩人、吉野弘さんの詩「過」の一節である。人は皆、過ちを繰り返しながら生きている。失敗を許しも認めもせず、「青春」の一語を忘れた社会は息苦しい。
8月19日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge