1.03.2009

生誕100年 空から落ちる運の矢を待つ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

生誕100年 空から落ちる運の矢を待つ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 寒さしのぎに、というのでもないが、季節外れの歌を引く。〈夏は来ぬ亡き啄木の恋がたり聴きし夜に似る星空にして 吉井勇〉。遠い青春を回想している

 「星空」の一語に、スバルを重ねていたかも知れない。勇に石川啄木、北原白秋も参画して文芸誌「スバル」が創刊されたのは100年前、1909年(明治42年)の1月である。当時は皆22~23歳、恋がたりもあったろう

 母の胎内にあって若い詩人たちの躍動に刺激されたかどうか、太宰治、中島敦、大岡昇平、松本清張と、この年に生まれた作家には後年、文学史に独自の地平をひらいた人が少なくない。いずれも生誕100年にあたる

 人生に日の差す時期、光のあたる季節は人それぞれに違うものだと、“同い年”の作家の名前を並べてしみじみ思う。太宰や敦がその短い生を終えたとき、清張はまだ一編の作品もない無名の人だった

 「スバル」を彩った詩人、堀口大学に「詩生(しせい)晩酌(ばんしゃく)」という詩がある。〈空から落ちる運の矢を待つ/毎晩ゆっくり酒を酌む〉。わが「運の矢」はいま、どのあたりを落下中か…と、冬の冴(さ)えた星空を仰いでみる。

1月3日付 編集手帳 読売新聞

創価学会 企業 会館 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge