そのズボンは皺(しわ)だらけで折り目がない。体を動かし、額に汗して働く人の象徴という。米国ワシントンにある第16代大統領エイブラハム・リンカーンの座像である
大統領就任式に臨むバラク・オバマ氏はリンカーンの故事にならって独立ゆかりの地フィラデルフィアから列車で首都に入り、像の前に立った。宣誓ではリンカーンが使ったのと同じ聖書を用いるという
人種や党派の垣根を超えて連帯を訴えるオバマ氏の、「奴隷解放の父」に寄せた思慕の深さがしのばれる。リンカーンずくめには、金融錬金術とは無縁の「折り目のないズボン」(勤勉に働く人々)が報われる社会に回帰する志もこめられているだろう
米国の詩人ホイットマンは〈おお「船長」、わたしの「船長」よ〉と、リンカーンの偉大な治績を称(たた)えた。〈われらが恐ろしき旅は終わった/船はあらゆる危難を乗り切り、念願の宝も手中に収めた〉と(岩波文庫「草の葉」から)
重症の経済が波打ち、テロリストが暗躍する海に船出するオバマ船長にも、恐ろしき旅…否、恐れてはならぬ旅が待っている。僚船の航路に幸多かれ、と祈る。
1月20日付 編集手帳 読売新聞
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