安部譲二さんの「塀の中の懲りない面々」(文芸春秋)に、岩崎老人という年季の入った受刑者が出てくる。20年以上も前のベストセラーだが、その人の言葉をいまも記憶している
“塀の中”で親不孝の身をひそかに嘆く安部さんを気遣ってか、岩崎老人が言う。「誰でも、生れた時から五つの年齢までのあの可愛(かわい)らしさで、たっぷり一生分の親孝行はすんでいるのさ。五つまでの可愛さでな」と
5歳までの可愛さを20歳になるまでに帳消しにしてしまう子供は世間に幾らもいるのだろうが、心ひかれる説ではある。〈墓に布団は着せられず〉で、親を亡くし、ああ、もっと孝行しておけば、そう悔やんでいる人にも、岩崎老人の言葉は心の荷が少し軽くなるおまじないに違いない
きょうは「こどもの日」、連休もいよいよ終わりに近い。まわらぬ口のカタコト、あどけない笑顔、遊び疲れた無心の寝顔…と、多彩な親孝行を堪能したお父さん、お母さんも多かろう
古いアルバムで幼い自分の写真を見ると、おできだらけの汚い顔をしている。一生分はちょっと無理でしたか――と、5月の空に聞いてみる。
5月5日付 編集手帳 読売新聞
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