日ごろ鼻風邪や花粉症でお世話になっている身近な品を、これほど悲痛な文脈で用いた例を知らない。〈交通事故の裁判における被害者の命の重さは、駅前で配られるポケットティッシュのように軽い〉と
1997年3月、小学生2人をはねて死亡させた被告に、業務上過失致死罪で求刑通り禁固2年の判決を言い渡したとき、京都地裁の藤田清臣裁判官が血を吐くように語った言葉である
危険運転致死傷罪の新設など厳罰化がなされた今も、ときに胸をよぎる。4歳、3歳、1歳――3年前の夏、福岡市内で飲酒運転の車に追突され、車ごと海に転落して兄弟と妹の3人が死亡した事故で福岡高裁はきのう、1審の懲役7年6月を破棄し、被告に懲役20年の判決を言い渡した
天秤(てんびん)の片方に一枚の写真を載せる。風呂上がりか、母親にまとわりついてはしゃぐ愛らしい笑顔を載せる。3人が歩いたはずの人生を載せる。両親が流した涙を載せる。もう片方にいかなる刑罰を載せようとも、傾いた天秤は微動だにしないだろう
この世から無謀な運転が消えない限り、「ポケットティッシュ」の悲しみは繰り返す。
5月16日付 編集手帳 読売新聞
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