〈洋書漢籍のうづ高く積まれた十畳の室は、いつもタバコの煙で濛々(もうもう)としてゐる〉。大正の末、芥川龍之介の仕事場を訪ねた小紙の文芸記者が書いている
大変なヘビースモーカーだった芥川に「煙草(たばこ)と悪魔」という短編がある。日本に初めてたばこをもたらしたのはフランシスコ・ザビエルの従者に化けた悪魔であった、という設定だ
ある土地にたばこを植えた悪魔は、通りかかった商人に、「作物の名前を言い当てれば畑のものを全部やる。当てられなければ体と魂をもらう」との取引を承知させる。商人は一計を案じて作物の名を知り当て、悪魔の鼻をあかした
めでたしで話は終わらない。悪魔は商人の体と魂は手に入れられなかったが、たばこを日本全国に普及させることができた――と続く。作者は、晩年にいろいろと持病を抱えることになった原因を自覚していたと見える
きょうは世界禁煙デー。WHOの今年のスローガンは実に単刀直入で、「警告!たばこの健康被害」となっている。わかっちゃいるけど…という人も来月6日までの禁煙週間、心の中の小さな悪魔と闘ってみてはいかがだろう。
5月31日付 編集手帳 読売新聞
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