囲碁の名誉棋聖、藤沢秀行さんは競輪の一点買いに250万円をつぎ込んだことがある。目当ての選手に後続がきわどく迫る。藤沢さんは金網をつかみ、「ガマーン」と叫びつづけた
最後に抜かれて大金は紙くずとなり、金網は菱形(ひしがた)にひしゃげた。貴人お手植えの松、ならぬ「秀行(しゅうこう)引き寄せの金網」として競輪場の名所になったという伝説が残る
型破りは賭け事にとどまらない。将棋の米長邦雄永世棋聖がまだ若いころ、米長夫人が藤沢夫人を訪ね、「うちの主人は週に5日帰ってこないのですが…」と相談したという。藤沢夫人の答えていわく、「うちは3年、帰りませんでした」と、これは藤沢、米長両氏の対談集「勝負の極北」(クレスト)にある
事業に失敗して借金の山を築いた。並ぶ者なき棋聖戦6連覇の偉業は高利貸しに追われ、自宅を競売にかけられる修羅のなかで成し遂げられている。「最善手を求めて命を削っているから、借金も女も怖くない」と語った
きのう、訃報(ふほう)に接した。享年83。誰よりもめちゃくちゃで、誰からも愛されて、誰よりも強かった。こういう人はもう現れないだろう。
5月9日付 編集手帳 読売新聞
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