5.28.2009

「心の食べ物」昭和という時代を奏でた歌びとたち・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 その年、「焚(た)き火屋」が繁盛したと世相史の本にある。火に手をかざして50銭という。コメも味噌(みそ)も配給、誰もが空腹と寒さに震えていたころである

 岡晴夫さんの歌う「憧れのハワイ航路」は1948年(昭和23年)に世に出た。〈一人デッキでウクレレ弾けば/歌もなつかし あのアロハオエ…〉。そういう日がいつか来ると信じよう――作詞家の石本美由起さんは遥(はる)かな夢を詞に託したという

 終戦後の一時期を回想し、「歌を食べて生きていた」と語ったのは作家の久世光彦さんだが、この歌が当時の人々にどれほど貴重な“心の食べ物”であったかは、現代人の想像に余るものがあろう

 「矢切の渡し」「柿の木坂の家」など詩魂のこもる数々の名曲を残し、石本さんが85歳で死去した。冬には遠藤実さん作曲の「高校三年生」を懐かしみ、春を迎えては三木たかしさん作曲の「津軽海峡・冬景色」を唇によみがえらせたばかりである

 いままた、〈飲んで棄(す)てたい面影が/飲めばグラスにまた浮かぶ…〉と、「悲しい酒」を口ずさむ。昭和という時代を奏でた歌びとたちの、後ろ姿のメドレーはさみしい。

 5月28日付 編集手帳 読売新聞
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