5.19.2009

プロ野球の記録と共に半生を歩み“記録の神様”一つひとつの物語・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 安田猛投手(ヤクルト)が田淵幸一選手(阪神)を敬遠で歩かせ、日本プロ野球の連続イニング無四球記録は「81」で途切れた。1973年(昭和48年)9月である。ベンチから敬遠を指示された安田投手の胸の内はどうだったか

 宇佐美徹也さんは「プロ野球記録大鑑」(講談社)に書いている。チームが勝つために〈記録をあっさり犠牲にした安田のマナーは賞賛もの〉である、と

 南海の野村克也選手(現・楽天監督)が正捕手の座を守った期間は22年の長きに及ぶ。同時期に南海のユニホームを着た捕手はほかに38人、うち22人は〈1試合もマスクをかぶって出ることがかなわなかった〉。掲げられた無名捕手の名前を目でたどるとき、歯をくいしばる無念の音が聞こえてくる

 パ・リーグ記録部の公式集計員、報知新聞の記録部長、日本野球機構のデータ本部室長――プロ野球の記録と共に半生を歩み、“記録の神様”と呼ばれた宇佐美さんが76歳で亡くなった

 ページをめくるごとに、一つひとつの記録の背後から物語が浮かび上がる。数字の海に、生身の人間を照らす常夜灯をともしてくれた人である。

 5月19日付 編集手帳 読売新聞
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