3.03.2009

雛飾りの前で、幼い姉妹がおめかしをして座っている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 お屋敷の幼い若様が穴あき銭を拾った。丸い中に四角い穴があき、表には字が、裏には波形の模様が彫ってある。銭を知らない若様は「お雛(ひな)さまの刀の鍔(つば)かしら」と考える。落語「雛鍔(ひなつば)」である

 霞(かすみ)を食べて生きられる身ではなし、その浮世離れは真似(まね)ようもないが、どこそこの会社は赤字が何千億円、失業者は何十万人と、重苦しい数字を耳にしない日はない。若様のように金銭をしばし意識の外に追い払えたら…と、思うときがある

 飲み代を切りつめるのは仕方ないとしても、慶応義塾創立記念「福沢諭吉展」の記事を見て、学識や業績より先にお札が頭に浮かぶのは我ながら情けない

 吉野弘さんに「一枚の写真」という詩がある。雛飾りの前で、幼い姉妹がおめかしをして座っている。〈この写真のシャッターを押したのは/多分、お父さまだが/お父さまの指に指を重ねて/同時にシャッターを押したものがいる/その名は「幸福」〉

 お金のことを忘れていれば金銭の苦労が消えてなくなるわけではないが、今日はせめてひと時、小さな幸福の手を借りて、家族で「一枚の写真」を残すのもいいだろう。

3月3日付 編集手帳 読売新聞
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