漫談家で随筆や小説も手がけた徳川夢声に一句がある。〈書くといふこと何かヒキョーに似たりけり〉。書き留めた日記に説明はなく、どういう背景があっての吟詠かは分からない
日々のコラムを書いていて似た後ろめたさを覚えるときがある。たとえば警察の捜査ミスに追及の筆を走らせつつ、「お前さんは机の前で偉そうに批判ばかりしているね」と、もう一人の自分の声を聞く
雨の朝、新聞配達の人に出会ったときも同じ声が聞こえる。「配達の苦労に負けない執筆の苦労をお前さんはしたかね」と
きのうの朝、奈良県香芝市の踏切で読売新聞の配達員、芦高喜代子さん(65)が電車にはねられて亡くなった。配達のバイクで転倒し、落ちた新聞を拾い集めていた時の事故という。読者に早く届けねば、その一心であったのだろう
線路上に散乱した新聞には「編集手帳」も載っていた。命をかけて拾ってくれた芦高さんの霊前で恥じることのない、心のこもった記事であったかどうか。読者の皆さんにはかかわりのない話だが、ほかの何を論じる気にもなれぬまま、独り言を聞いていただいた次第である。
3月7日付 編集手帳 読売新聞
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